チャイコフスキーはモスクワ音楽院の理論担当教師

チャイコフスキーは父親が官僚で、10歳で法律学校に入学し卒業後は法務省に勤務しました。
もともと音楽に強い興味をもっていて、しばらく働きながら音楽教室へ通った後、仕事を辞めて音楽院で作曲を勉強、優秀な成績で卒業しました。
その後新設のモスクワ音楽院の理論担当教師の仕事に就いたのです。

ちなみに。
ベートーベンはピアノが得意でした。
父親が歌手だったのですが、アルコール依存のきみがありベートーベンは虐待されながら、ピアノを習熟していきました。
ベートーベンが音楽で知られたのはまずピアニストとしてで、ピアノの先生として、貴族の子弟に教えてもいました。

モーツアルトはピアノに加えてヴァイオリンも得意でした。
父親に音楽を教育されたのはベートーベンと同じですが、モーツアルトの場合は”ほめ伸び(ほめられて伸びる)”で、ピアノとヴァイオリンを身に着けていったそうです。

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チャイコフスキー交響曲第3番【ポーランド】2楽章さび
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