作曲家、どれが写真? 画?

クラシック作曲家は顔もユニークで、それぞれ個性が際立っています。
今では”アイコン”となって、音楽と合わせてイメージを持つ役割を果たしてくれています。
↓のように顔を見ると、急に親しみがわいてきますね。

バッハ 1685-1750年
モーツアルト 1756-1791年
ハイドン 1732-1809年
ベートーベン 1770-1827年
シューベルト 1797-1828年
チャイコフスキー 1840-1893年
ドヴォルザーク 1841-1904年
ブラームス 1833-1897年
マーラー 1860-1911年

顔といっても、写真がない時代には肖像画ですので、似顔絵ではあるものの本人が満足するように”盛っている”可能性は高いと思われます。

では、誰の顔からが写真なのでしょうか。

ちなみに。
Canonのウェブサイトによると最初に感光材料で撮影が成功したのは1826年フランスでとあります。
同サイトには島津斉彬の肖像写真も掲載してあります。

Canonウェブサイトより。
島津斉彬は江戸時代の薩摩藩の大名で1809年に生まれ1858年に亡くなっています。
現存する最古の日本人肖像写真だということです。
さすが、島津斉彬の先進性が見て取れます。

チャイコフスキーは新婚時代の写真が存在していますので、それ以前ということになると、上記のラインナップでいうとチャイコフスキーとシューベルトの間が分かれ目だと考えられます。

シューベルトの肖像を改めて見ると・・・。

画ですね、これは。

にしましても、シューベルトが亡くなったのは撮影成功の2年後です。
ベートーベンは1年後。
写真技術がもう少し早く開発されていたら、ベートーベンの本物の顔を見ることができていたかもしれません。

プチ・クエスチョン

Q1. モーツアルトは完全に画なわけで、さまざまに描かれています。
下の1~6の中にモーツアルトでない人がいます。それは何番でしょうか。

A.
4    



4はヨハン・クリスティアン・バッハ。
父バッハの一番下の息子。「ロンドンのバッハ」とも呼ばれ、ロンドンを訪れていたモーツアルトと親しくなり影響を与えたといわれています。

play_circle_filled
pause_circle_filled
モーツアルト交響曲第39番2楽章
volume_down
volume_up
volume_off

関連記事

  1. ベートーベンのパトロン 時代による変遷

  2. モーツアルト死の謎。わかっていること。いないこと。

  3. 『絶望名言』。難聴のベートーベンの絶望名言とは。

  4. ベートーベン「不滅の恋人への手紙」。不滅の恋人は誰か。

  5. モーツアルト、ベートーベンをビッグにした「ハプスブルク帝国」と神聖ローマ帝国

  6. ベルリンフィル・ハーモニー管弦楽団 『英雄の生涯』

  1. チャイコフスキーはモスクワ音楽院の理論担当教師

  2. ベートーベンの弦楽四重奏曲の「ラズモフスキー」の意味

  3. ベートーベンが聴こえなくなったのは何歳?

  4. チャイコフスキーの妻

  5. ベートーベン「不滅の恋人への手紙」。不滅の恋人は誰か。

  6. モーツアルトのオペラ。「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」「…

  7. 【新説!】ベートーベン交響曲第3番「ボナパルト」から「英雄」に変…

  8. ベートーベンのパトロン 時代による変遷

  9. モーツアルトと父レオポルト

  10. モーツアルト交響曲第35番「ハフナー」。ハフナー家のための曲

  1. 神聖ローマ帝国の貴族がベートーベンをつくった

  2. モーツアルトの生まれたザルツブルクは「ザルツブルク市街の歴史地…

  3. ベートーベン作品とパトロン一覧【カテゴリー別、パトロン別に見ら…

  4. ムソルグスキー作曲『展覧会の絵』の「キエフの大門」はウクライナ…

  5. 「フィンランディア」ロシアからの独立への決意の曲

  6. ザルツブルク音楽祭 R.シュトラウス、カラヤンがキーマン。映画「…

  7. ボロディン作曲『韃靼人(だったんじん)の踊り』もウクライナ由来。

  8. チャイコフスキー交響曲1番 「冬の日の幻想」さび

  9. ベートーベンのパトロン、ラズモフスキーはコサックのリーダー=ヘト…

  10. モーツアルト、ベートーベンをビッグにした「ハプスブルク帝国」と…