リセット・オロペサ ソプラノ・コンサート

リセット・オロペサ ソプラノ・コンサート に行ってきた。

ソプラノはリセット・オロペサ。
指揮はコッラード・ロヴァーリス
オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団

曲目は
モーツァルト:オペラ『後宮からの逃走』より「あらゆる責め苦が待ち受けていても」
ロッシーニ:オペラ『セミラーミデ』序曲
ベッリーニ:オペラ『清教徒』より「私は美しい乙女」
ロッシーニ:オペラ『ギヨーム・テル』より「ついに遠のいてしまった」~「暗い森、寂しい荒野」
マイヤベーア:オペラ『悪魔のロベール』より「ロベール、私の愛する人」
ヴェルディ:オペラ『シチリア島の夕べの祈り』序曲
ヴェルディ:オペラ『リゴレット』より「慕わしき御名は」
グノー:オペラ『ロメオとジュリエット』より「私は夢に生きたい」

リセット・オロベサは、昨年6月にヤニック・ネゼ=セガン率いるMETコンサートに行ったとき、前半でオロペサさんの独唱を2曲だけ聴くことができた。
今回ソロ・コンサートということでたっぷり聴いてみたいと思った。

オペラのソプラノ歌手というのは、いろいろな役があるものだ。

オロペサが演じる6演目の6人の人物はどんな人?

『後宮からの逃走』のコンスタンツェは、海賊の捕虜になってトルコ太守の宮殿に連れてこられた貴族の恋人。

『清教徒』のエルヴィーラは、イングランドの清教徒革命の時代の清教徒側のヴァルトン卿の娘。

『ギヨーム・テル』のマティルドは、ウィリアム・テルのスイスの敵国オーストリア(ハプスブルク家)の皇女。スイスの青年と身分違いの恋をしている。

『悪魔のロベール』のイザベルはシチリア王女。悪魔の父と人間の母の間に生まれたロベールを愛している。

『リゴレット』のジルダは、セクハラ侯爵に仕える道化師・リゴレットの隠していた娘。

『ロメオとジュリエット』のジュリエットはキャピュレット家の一人娘。
宿敵モンタギュー家のロメオと恋に落ちる。

オロペサは6人をどう演じ分けるのか? いや違った。オロペサがその人物なのだ

『後宮からの逃走』コンスタンツェの「あらゆる責め苦が待ち受けていても」

コンスタンツェは、海賊の捕虜になってトルコ太守の宮殿に連れてこられた貴族の恋人。
仲間と逃走を試みるもみつかり絶体絶命のところで、トルコ太守に釈放されるという話。

「あらゆる責め苦が待ち受けていても」は2幕で太守がコンスタンツェに自分を愛するように命じるが、コンスタンツェはそれを拒むという場面。
これは厳しい場面。

しかし、オロペサのコンスタンツェはあくまでも力強い。
モーツアルトの曲自体がそう深刻でないこともあってか、悲壮感や恐怖感よりも絶対的に拒む強い意思と誇りあふれる歌声だ。
太守もタジタジであろう。釈放されるのもわかるというもの。
演出の一つなのか、舞台背面に向いたり体を左右に向けて、多方面に”直声”が届くように配慮していらしたのはうれしかった。

『清教徒』エルヴィーラの「私は美しい乙女」

エルヴィーラは、イングランドの清教徒革命の時代の清教徒側のヴァルトン卿の娘。
革命で対立しているのは、清教徒の議会党派vs王党派。
エルヴィーラは議会党派だが王党派の青年と恋人同士。
エルヴィーラの叔父が父親を説得し、2人は結婚にこぎつける。
結婚式が行われている城に議会党派の王妃が捕らえられていると知った花婿は王妃を逃がそうと脱出する。
それをエルヴィーラは花婿の裏切りと勘違いして正気を失い、議会党は花婿に死刑を宣告する。
後に誤解がとけ仲直りし、エルヴィーラは正気を取り戻し「彼が死んだら自分も死ぬ」と歌う。
そこに、清教徒革命が成功し王党派の罪人も無罪放免となったとの知らせが入り、花婿も自由になる。
めでたしめでたし、という話。

「私は美しい乙女」は1幕の結婚式において、花婿が王妃の窮状を知り助けようと考え始めたところに、花嫁衣裳を着たエルヴィーラが登場して何も知らずに幸福の絶頂を歌う歌。

この曲は音程が小刻みに変化するところが聴きどころ。
“はしゃいだかわいらしい花嫁”のイメージなのかと思っていたが、そうではなかった。
小刻みをコロコロとちりばめて愛らしく表現するのではなく、容赦なくガンガンに張ってくる。
高音も突破していく感じ、イケイケの花嫁であった。
最後の超高音は見事であったが、もうひと押しあってもよかったのかな? とも思った。

『ギヨーム・テル』マティルドの「暗い森、寂しい荒野」

『ギヨーム・テル』はフランス語で、英語でウィリアム・テル。
マティルドは、ウィリアム・テルのスイスの敵国オーストリア(ハプスブルク家)の皇女。スイスの青年と身分違いの恋をしている。

14世紀のスイスはオーストリア(ハプスブルク家)に支配され、弾圧されていた。
スイス各州はオーストリアに対抗しようと同盟を結ぶ。
オーストリア支配100周年記念祭でウィリアム・テルはオーストリアに不敬な態度を示し、連行され「息子の頭にリンゴを乗せ、それを打ち落としたら許してやる」といわれる。
これは有名な場面。
これは成功するも、さらなる態度の悪さで投獄されることになるが、最後はオーストリアの圧政官を討ち、スイスは自由を獲得する。
というお話。

「暗い森、寂しい荒野」は2幕でオーストリアの皇女マティルドが自分を危険から救ってくれた敵国スイスの青年への思いを歌う歌。

たっぷりと密度の濃い奥行きのある艶やかな歌声だった。
磨きあがりのマホガニーのよう。
敵国人であり身分違いでもあり、でも自分を助けてくれた青年を愛している状況に悩むハプスブルク皇女の気品あふれる歌声であった。

『悪魔のロベール』イザベルの「ロベール、私の愛する人」

イザベルはシチリア王女。悪魔の父と人間の母の間に生まれたロベールを愛している。
ロベールは父親に悪魔の世界に戻されそうになるが、最後は父親は消え救われる。
というお話。

「ロベール、私の愛する人」は4幕で、イザベルが嫌々グラナダの王子との結婚式に臨んでいるときに現れて、参列者を眠らせる魔法をかけたロベールに対して、愛を思い起こさせる歌。

休憩を挟んでここから後半。

小さく柔らかくも一閃。
豊かな抑揚にのせ、切なくあふれる強い愛が表現された。
声が固まりで届いてきて超高音にも感情たっぷりで、ホールの隅々まで声の波動が響きわたっている。
“強”一辺倒に感じなくもなかった前半とは変わり、オペラの一場面のようで引き込まれた。

『リゴレット』ジルダの「慕わしき御名は」

ジルダは、セクハラ侯爵に仕える道化師・リゴレットの隠していた娘。
舞台は16世紀のイタリア。
リゴレットはいつも人を馬鹿にして、セクハラ侯爵に娘を傷つけられた伯爵を笑いものにするなど多方面から怨みをかうような人物であった。
そのリゴレットの娘ジルダは偶然学生に偽装したセクハラ侯爵と知り合い恋に落ちた。
それを知ったリゴレットは侯爵に殺意を抱く。
リゴレットは殺し屋に侯爵の殺害を依頼するが、ジルダが身代わりとなって殺される。
というお話。

「慕わしき御名は」は、1幕でジルダが(学生に偽装している)侯爵を思って歌う歌。

芯は堅いがまろみのあるマホガニー声が鋭角にすごい迫力で迫ってくる。
オロペサの真骨頂。
純粋な若き女性をまっすぐに歌い上げる。

結末を知って聞いていると、泣けてくる。

『ロメオとジュリエット』ジュリエットの「私は夢に生きたい」

ジュリエットはキャピュレット家の一人娘。
宿敵モンタギュー家のロメオと恋に落ちる。
ジュリエットは親の決めた相手との結婚を逃れるため、修道士から2時間仮死状態になる薬をもらい、服用する。
それを知らないロメオはジュリエットは亡くなったものと考え、自殺する。
ジュリエットは復活するも、ロメオの自殺を知り自分も自殺する。
というお話。

「私は夢に生きたい」は1幕でまだロメオと出会う前に、結婚を勧められて、まだ早いわ、と歌う歌。

瑞々しくもたっぷりした歌声。
舞台上を移動したり、かがんだりとお芝居も入り素敵。
楽しくなじみのある曲で、「ああ、本物だーー」。
最後の超絶高音も突き抜けるボリュームと活力で大感動であった。

人物がオロペサに憑依するのではなく、オロペサがまさにその人物なのだ。
ということがよくわかった。

オロペサさん、来てくれてありがとうーーーーー。


グノー:『ロメオとジュリエット』より「私は夢に生きたい」

※アイキャッチ写真はチラシより

2025年4月10日 サントリーホール

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