ベルリンフィル・ハーモニー管弦楽団Bプログラムに行ってきた。
指揮は首席指揮者兼芸術監督キリル・ペトレンコ。
曲目は
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ
リヒャルト・シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ
おなじみモーツアルトのピアノソナタ第11番 第1楽章の旋律を元として、レーガーが10のパターンを作曲した曲。
1 主題
2-9 変奏曲
10 フーガ
モーツアルトのピアノソナタ第11番 第1楽章の旋律
オーケストラの編成は人数少なめ金管楽器なしの小編成。
モーツアルトはメロディーがわかりやすい。
そのメロディーを弦が控えめに美しく奏でる。
綿毛のように耳元にささやいてくるようだ。
変奏は10もあればじょじょに飽きもくるものだが、それぞれに色があり変化にとんでいて、だれない。
フルートはパユ様。
フルートは、モーツアルトのメロディーラインを補完する。
稼働が多いのだが音量控えめに並走し、出過ぎず溶け込んでこそっと光る音を差し込ませている。
ソロやデュオの時とは全く違う奏で方で素敵。
全体として、それぞれのパートが繊細に融合し、魂が浄化されるようだった。
リヒャルト・シュトラウス『英雄の生涯』
英雄の六つの場面
『英雄の生涯』は、ある人の人生の六つの場面を描いている。
1 「英雄」
2 「英雄の敵」
3 「英雄の伴侶」
4 「英雄の戦い」
5 「英雄の業績」
6 「英雄の隠遁と完成」
これが間をおかず通して演奏される。
『英雄の生涯』「1 英雄」 出だしのコントラバスの弓一引きが全てを決める
出だしはコントラバス。
「1 英雄」は”これから回顧します”といった幕開けをイメージさせる部分だが、そのスタートの合図をするのがコントラバスだ。
すごい。コントラバス最高の音を聴いているのだなと。
弓一引きで世界ができあがる。
『英雄の生涯』始まりの部分
『英雄の生涯』「2 英雄の敵」 パユ様フルートがこわいこわい。
英雄の仕事は敵を倒すことである、という世界観が示される。
しかし、ここは敵と真っ向対峙する以前の段階。
敵が不気味に見え隠れし、暗雲が漂う。
この不穏な空気を担うのが、フルートだ。
フルート・ソロはもちろんフルート輝きの王、エマニュエル・パユ様。
音色はキラキラと煌めいているのに、息遣いがくせ者が忍び寄る不穏な空気を醸し出して、不思議にこわい。
『英雄の生涯』「3 英雄の伴侶」 ヴァイオリン、ソロ独壇場。
英雄の、穏やかで充実した伴侶との時間がたっぷりとうたわれる。
メインはヴァイオリンのソロ。
奏者はベルリンフィル第1コンサートマスターわれらの樫本大進。
樫本さんのヴァイオリンの音色は柔らかく透き通り伸びやかに拡がっていく。
ああ、心が透き通る。目頭が熱くなる。
ヴァイオリンが部分的にソロを弾いているというよりは、樫本大進ヴァイオリン・コンチェルトの様相、まさに独壇場。
この間は指揮のペトレンコも動かない。
団員の方々も、ソロから受ける時またソロへ渡す時とソリストを引き立てようとの温かさを感じた。
The most valuable エレガント な演奏だった。
『英雄の生涯』「4 英雄の戦い」 トランペットファンファーレで戦闘開始
トランペットのファンファーレで始まるが、ただのトランペットではない。「3 英雄の伴侶」でヴァイオリンがソロっている間に奏者3人が舞台から離れ、裏の小部屋に回り、そこで演奏するのだ。
これにより「遠くから敵が攻めてくる、いよいよ開戦だ」というオペラのような演出となる。
トランペットの音は。
いい。
歯切れよくまろやかな金管の音。
そして、ここからいよいよ戦闘開始だ。
スネアドラムの”バリリンバリリン”の弾みとキレがテンポよく叩き出され舞台は戦場となる。
戦闘は大スペクタクルだ。
ペトレンコ将軍の采配で各パートが総力戦で充満した燃料が爆発するかのような熱量、スピード感がとにかくすごい。
トランペットのファンファーレからスネアドラムが効いてくるところ
『英雄の生涯』「5 英雄の業績」 弦の重層さは4Dだ。
英雄は勝った。
大団円を迎える。
華々しい業績をまとめて振り返るのは弦。
弦のハーモニーは立体的で、3Dを超えてもはや4Dといいたいような奥行き幅広さ、力強さ。
4D感は、1人1人が正しく美しい音を出したからといって醸し出せるわけではないだろう。
いったいどのように生まれてくるのだろう。
アルブレヒト・マイヤーさんのオーボエはふくよかに通ってくるとてもよい音。
トロンボーンはバリー、バリーと届いてくる。
『英雄の生涯』「6 英雄の隠遁と完成」 イングリッシュホルンを聴く。
英雄の、充実した現役生活を離れておだやかにおくるリタイア生活が描かれる。
最終場面で、おちついた雰囲気のなか、カーテンコールのように各パートが登場する。
特に、イングリッシュホルンは「完成」の象徴的にたっぷり奏でられる。
ドミニク・ウォーレンウェバーさんのイングリッシュホルンが聴けた。本物だーー。
シュテファンドールのホルンはオーケストラ全体のエンジンのようだ。音階自体が別なのではないかというくらいくっきりと響き鳴る。
そして終盤、全員で盛り上がるところがまたボリューミーで満足感がはんぱなく、最後サイレントで余韻さえ演奏だ。
ペトレンコ素晴らしい
『英雄の生涯』が1から6まで、はっきりと性格付けられ 描き分けられていてわくわく楽しめた。
指揮の意図と演者の了解が細部まで交流していて、合わせるところは漏れなく一体化し、各パートに委ねるところはユニークさを奨励し、スター軍団を輝かせている。
配置も逆張りだった。
舞台向かって左側にコントラバス、右側にハープ。
前列は向かって左から第1ヴァイオリン、チェロ、ビオラ、第2ヴァイオリン。
これが低音を響かせヴァイオリンを際立たせる効果になっているのだろうか。
とにかく酔いしれて、帰路まっすぐ歩けなかった。
(2023年11月25日 サントリーホール)