ヴァイオリニスト樫本大進さんとピアニスト小菅優さんのヴァイオリンソナタの演奏会が行われました。
樫本大進(Daishin Kashimoto)さんはベルリンフィルの第1コンサートマスターを12年以上勤めていいる、もはや楽団の顔といっても過言ではない日本が誇るヴァイオリニストです。
小菅優(YU Kosuge)さんは世界的に活動するピアニストで樫本さんとは”盟友”ということです。
◎ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 Op. 24「春」
◎グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 Op. 45
◎モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K. 379
◎フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」
大変にうれしいではありませんか。
樫本大進さんが日本で3月にベートーベン「春」を演奏してくれるなんて。
とにかく冒頭の1音に全集中です。
きれいなきれいな音です。
テンポは速め。
素直でまっすぐ、へんな”こぶし”を入れ込むことなく滑らかです。
全体「春爛漫。草も木も燃え上がって」というよりは、日本庭園でまだ少し早い春、ぽっと咲き始めた梅一輪飾られた茶室が浮かぶような静謐のなかのエネルギーを感じる演奏です。
冒頭1音は庭先の水琴窟に耳を澄ませると聞こえてくる直接脳幹に届くような心地よい音色でした。
そして”Bメロ”のピアノが「ジャジャ ジャジャ ジャジャ ジャジャ」と昇っていき、ヴァイオリンが装飾していくところは軽快、高音が澄み切って響き最高です。
この曲は3楽章を特に楽しみにしていました。
1分ほどの短い構成ですが、この部分は特に樫本さんの生音で聴いてみたかったのです。
細かく弾むピアノに乗せて、つやつやとした弦の音が切れ良く届いてきました。
すべてにおいて、「何も足さない 何もひかない」以上。
グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番
「春」とうってかわって、骨太な曲です。
グリーグはノルウェーの作曲家です。
ノルウェーといえば海洋の武装集団バイキングの始まりの地です。
ヴァイオリン・ソナタ第3番は、交易を求めて海を越え、収穫時には大地で踊りまくる。そんな人々の息吹きが聞こえてくるような曲だと思います。
お二人のコンビネーションでは「何か深い悩みの中でのたうち回り、荒波を超えて徐々に希望が見えてくるのだ」を感じされるドラマチックな演奏で、良質の短編映画をみたようなあと味です。
ちょっと間を置くとか、急ぎめにするなどヴァイオリンとピアノとのフレージングは息ぴったりでこちらも楽しい。
大進さんの、ピチカートの時、高音を伸ばしたまま切る時の弓さばきはかっこよすぎで、聴きどころでもあり、見どころでもあります。
ピチカートがかっこよいところ
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK. 379
この曲は2楽章を楽しみにしていました。
「中学生カップルの初恋デート」のようなかわいらしい曲ですが、今回はテンポはわりとゆっくりで、少し大人の初々しいデートという感じでした。
小菅さんのピアノは、輪郭をきわだたせすぎないまろやかな響きで、これが優しいヴァイオリンと溶け合ってデュオの醍醐味を味わわせてくれました。
フランク:ヴァイオリン・ソナタ
ピアノ、ヴァイオリンが各々立ったり、交わったり、譲ったり緩急のついたお二人の雑味のない洗練された連携が楽しめました。
ただただ、浸るのみ。
『鳥の歌』
なんと。アンコールを2曲も披露してくださいました。
2曲目はチェロ奏者パブロ・カザルス編曲の『鳥の歌』でした。
マイクを手にした樫本さんは「僕たちの住むヨーロッパでは戦争が起こっています」とウクライナに心を寄せ、一番つらい子どもたちのためにととりあげたのがこの曲です。
パブロ・カザルスは1900年代前半に活躍したスペインのカタルーニャ地方出身のチェリストです。
カタルーニャ地方は当時、スペインの独裁者フランコによって弾圧されていて、アメリカのホワイト・ハウス(1961年)や国連本部(1971年)でカタルーニャの自由を訴え演奏を行ったことで、平和を象徴する曲として世界に広まりました。
原曲はカタルーニャの民謡でクリスマスソングです。
「カタルーニャでは鳥はPeace,Peace,Peace(平和、平和、平和)といって歌う」のだと国連でスピーチしました。
『鳥の歌』(1971年国連でのスピーチと演奏)
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「De volels in de hemel(空飛ぶ鳥は)」
「zingen(歌う)」
「Vrede,Vrede,Vrede(平和、平和、平和)」
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休憩をのぞいて、たっぷり2時間。
入国制限緩和によるものか、急遽開催でありましたが、ほぼ満席。贅沢な時間でした。
(2022年3月19日 サントリーホール)